2018年10月22日月曜日

突然の訃報を受けて。

Jr.です

「人事を尽くして天命を待つ」という諺があります。
何かをしようとする時、結果については、どのようになっても後悔しないという思いを決め、その時々に応じて自分のやれることをすべてやりつくし、あとは、余計なことを考えず、ただ天から与えられた運命に全てを任せ、愚痴や不満などを口にしないで時を過ごす、という意味が込められています。
 運命とはあまりにも残酷で厳しいものですね。運命を終えるまでにやれることをすべてやりつくせというのは、本当に酷です。実際には、これからやろうと思っている人の運命が、ぱったりと途絶えることもまたあるのですから。やりつくして運命を終えるというのは、本当に限られた人だけなんだろうなと思います。
 弊社に30年以上、中断期間を除くと35年以上、トラックの運転手として働いて、今年6月に定年退職し、地元に帰った元社員が先日急死いたしました。65歳。私が3歳のころから、サラリーマンから独立した現社長に仕えていました。家族の事情により、10年ほど弊社から離れた時期もありましたが、離れても弊社のことを気にかけ、その期間にトラック運転手を務めた社員の不慮の事故を受け、すぐさま運転手として戻ってきて、およそ30年近くを弊社の配送トラックの運転手として働いてくれました。御得意先にも、その真面目で人当たりの良い性格が好評を得てとても人気がありました。
 今年に入り「会社を退職したい」という申し出がありました。私としては、まだ体が元気そうだし、誕生日で辞めたいと言われたのであわてました。(彼の誕生日は3月だったので)運転手募集も急遽しなければならないし、その指導もお願いしたいのでなんとか半年延ばしてほしいと頼み、本人からも了承を得て半年勤めてもらいました。すぐにトラックの運転手が見つかればよかったのですが、なかなかこの人材難の中すぐには決まらなかったのもあり、本当に彼には頑張ってもらいました。幸い後任も見つかりきれいな形で6月に送り出すことができたので、本当によかったと思った矢先に、訃報が飛び込んできました。
 今思えば本当に体が限界だった中、弊社のために頑張ってくれたんだなと思いました。8月下旬に地元の梨をわざわざ私の家に近くまで持ってきてくれ、あの人懐っこい笑顔をみせてくれたのが昨日のことのように思い出され、先日お悔やみの際、顔を見せてもらった瞬間に涙が止まりませんでした。

「今からやんか。。早いで。。」
その一言しか、出ませんでした。

天命とは何なのでしょうか?人は死ぬために毎日を生きています。当たり前なのですが、死ぬことがこんなに悲しいのは、やはり人間のエゴなのかなあ、と思いました。一日でも一秒でも長く、自分に与えられた運命を生き抜くことで、最期の時を迎えられたらと思います。彼にとって、人生はどうだったのでしょうか。幸せだったのかなぁ。。死んだ人に話は聞けませんが、私たちと出会ったことが、彼にとって幸せなことだったことを本当に強く強く願っています。そして、これから夫婦水入らずで余生を送る予定だった彼の時間を少し奪ってしまったことを本当に申し訳なかったと、お悔やみの席で祈りました。心から冥福を祈りたいと思います。