2010年11月27日土曜日

残された人生。

 jr.です。

 先日叔父が亡くなりました。非常に存在が大きい人でしたので、今でもまだ亡くなったことが信じられません。自身に子供がいなかったせいもあり、私と姉を自分の子のように思い、優しく接してくれました。社長にとっても実兄であり、この世界に入るときに唯一就職を喜び祝ってくれた人でもあるので、大変大きな精神的支えを失ったことになります。身内だけの、ささやかではありましたが通夜、告別で叔父も幸せな気持ちで旅立ってくれたと思います。
 身内の死というのは、いつも人生という時間を考える契機でもあります。私は正直、今でも生きること死ぬことというのは怖いことだと感じています。自分自身の存在がいつかはなくなるという不安を、人の死を前にすると恐怖感でいっぱいになります。が、逆に生き続けることへの恐怖も同時に感じてしまいます。人は死を前にすると、一体どういうことを考えるのでしょうか。その時を迎えなければきっとわからないのだろうでしょうが、家族を背負うと余計に恐怖感が倍増したのは、家族を持つ方には理解して下さるだろうと思います。
 病気、事故等なければ私もあと50年ちょいは生きることになるのでしょうか。叔父にとって人生はどういうものだったのか、今は聞くことはできませんが、残された人生の時間の中でその答えを見つけていきたいと思います。そんな中mixiというSNSにてこんな記事がありました。転載いたしますので読んでみて下さい。

※【時間銀行のお話】


次のような銀行があると、考えてみましょう。


その銀行は、毎朝あなたの口座へ86,400ドルを振り込んでくれます。同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。

つまり、 86,400ドルの中で、あなたがその日に使い切らなかった金額は、すべて消されてしまいます。

あなただったらどうしますか。もちろん、毎日86,400 ドル全額を引き出しますよね。

僕たちは一人一人が同じような銀行を持っています。


それは時間です。


毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。

それは、翌日に繰り越されません。それは貸し越しできません。


毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、あなたはそれを失ったことになります。


過去にさかのぼることはできません。あなたは今日与えられた預金のなかから今を生きないといけません。


だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。時計の針は走り続けてます。今日という日に最大限の物を作り出しましょう。


1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。


1週間の価値を理解するには、週刊誌の編集者に聞いてみるといいでしょう。1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。


1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。


10分の1の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。


だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだから、十分に大切にしましょう。その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。


そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。明日は、まだわからないのです。今日は与えられるものです。


だから、「英語では今をプレゼント(=present)」と言います。


※mixiにて掲載されたものを転載しています。